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2007/12/12(水)
『ころがす』
最近、記事でよく読む。

 「何年後には、これをやっている」と具体的な人生設計を。


本当?? と思っていたが、今は本当だ、と思っている。
そうすることで、いつの間にか、自分の人生が進んだからだ。


私は、中学生から18歳のころまで、学校の先生になりたい、と思っていた。
でも、色々理由をつけては、教師になることをやめてしまった。
そして、「30歳までには、何かしら、ボランティアでもいいから、教育に関わることをしよう」と考えていた。

そして普通に就職した。

ところが、いつしか学校の先生にならなかったことを、「逃げた」と後悔していた。
おまけに病気にかかり、就職した会社をやめることになってしまった。
小さな後悔と病気に悩まされ、「自分の人生はどうなるんだ」と嘆いた。


療養を経て、「事務と受付のパート」で再就職した。教育事業会社。
選んだ理由は、元々教育好きだから、ほぼストレスゼロの世界だってことと、家から近かったから。
「30歳で~」なんてことは、すっかり忘れていた。
過度のストレスを避けるためにだけに選んだ。

事務と受付の仕事は想像以上に楽しく、
すっかり元気を取り戻した私は「30歳で~」という目標も思い出していた。
「気がついたら、そこにいたなぁ。ラッキー☆」と思った。
そして、責任のある仕事もしたいという思いがあふれたのをきっかけに、
31歳で正社員の希望をだした。

話はとんとん拍子に進んだ。

こんな感じで
「30歳までに、教育関係に戻る」という思いが偶然にも達成されそうで。
人を教えなくていいのか?という疑問は残っていたけど、「まぁいいか、受付は受付で楽しいし」
なんてお気楽に思っていた。
「目標設定って結構いいじゃん」なんて。


だけど、話には続きがあった。
ここからが本番だった。


正社員の話に、とある問題が浮上し
「どうしても、事務のみで正社員になるのは難しい」と言われてしまったのだ。


そして、打開策として提案された話。


「事務と教務の兼任」


上司は、「これは就職戦略。事務と受付が最優先になるようにする」
と言っている。
でも、教務職を全くやらないわけにはいかないらしい。

不安には思わなかった。
これは与えられたチャンスだと思った。

10代の私の夢だった「先生になること」
私の後悔だった、「先生にならなかったこと」

その思いに、答えをだすための。


お気楽な道ではない。
だけど、実は本当の望みどおりの場所に、話はたどりついた。


すごくよくできた話だ。


「何歳までに…する」と決めることは大切なのだ。
決めていただけで、普段は普通に生活していたけど
そうすることで、願いは持ち続けられ、いつしか行動がともなったのだろう。

あと、教務職に対しての心残りを消さなくてよかった。
心のどこかに残し続け、体=毎日は、教務職のすぐそばで過ごした。

考えなしに就職したけれど、偶然だったけど、
近くにいたからこそ、チャンスに恵まれた。


そうやってはじめて、人生が進むのだ。
ようやく知った。
だから、3年後、5年後の自分も、どんどん思い描く。
楽しくなりそうだ。
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